2026年6月20日

マリア・ヴァルトルタの啓示は悪魔由来のものである 4

注)引用文中の〔  〕や強調は私による付加です。
注)私自身の文章の中で時々「あなた」と呼びかけ調で書くことがありますが、これはただ想定上の読者のことです (^^;

ヴァルトルタの「手記」により、これが「偽
イエズス」であるとの掛け値のない「確信」を得た

前回からの続き)
ところが、このたび私は、天使館さんのおかげで、ヴァルトルタの "私的啓示" が悪魔由来のものであることを「確信」するに至った。自分では労せずして、それを得た。味気ない読書を自分に強いるという苦業をせずに、である。嫌味な言い方になるが、天使館さんに感謝する。

私がそう確信したのは、天使館さんの次の記事を読んだからである。

まず、その記事の構成を言っておくと、その記事は前半と後半に分かれている。前半はフランスのサイトの記事を訳したもので、後半はイタリアのサイトの記事キャッシュ)を訳したものである(ヴァルトルタはイタリアの人である)。どちらもヴァルトルタ支持のサイトで、ヴァルトルタのためだけのサイトである。前半は解説者が語っている。後半はヴァルトルタの手記からのもので、ヴァルトルタと「イエズス」が語っている。

注)上で(キャッシュ)と書いたのは、現在、その「イタリアのサイト」(www.valtortamaria.com)が技術上の不具合を起こしているからである。そのサイト自身がトップページで認めていた。「ここ数日、当サイトのコンテンツの大部分がアクセスできなくなっていることにお気づきの方もいらっしゃるかと思います。私たちもこの問題を認識しており、原因と思われる予期せぬ突然の技術的な問題に対処するため、現在対応を進めています。その間、ヴァルトルタ作品は引き続きアクセス可能な新しいウェブサイト(www.valtortamaria.it)をご覧ください」云々。しかし、現在は更に進み、そのトップページすら「接続がプライベートではありません」と出て(プライバシーエラー)、結局、サイト全体が見れなくなってしまった(と思っていたら、今はトップページを含め、幾らか復旧した)。でも、新しいサイトを用意してくれたから、当サイトでは以降、そちらへリンクも併記することにする。その際、「新サイト」と記す。

前半の冒頭、解説者はエンメリックの本のことをこう評している。(文中の強調は私)

天使館

しかし残念なことに、善意とはいえ、人間の不器用さが幻視を救いがたいほどに劣化させた。幻視を収集したクレメンス・ブレンターノ(1778-1842)は、誤った熱意によって、幻視の完成度を高めようとした。ブレンターノは、その区別が誰にもつけられない形で、オリジナルの幻視に自分の推論を持ち込んだのである。

フランス語記事

私はこの文章を読んで、ちょっと違和感を持った。「その区別が誰にもつけられない形で」というのなら何故「オリジナルの幻視に自分の推論を持ち込んだ」と言えるのか。エンメリックの本の中、どこがエンメリックが確かに言った部分で、どこがブレンターノが勝手に付け加えた推論の部分か、その区別は誰にもつけられない、と言う。しかし、ブレンターノが自分の推論を勝手に付け加えたことは確かだ、と言う。そんな話ってあるかい。

失礼ながら、もしや天使館さんの翻訳が間違っているのかと思い、その原文をGoogle翻訳にかけてみた。すると、天使館さんの翻訳にあった「誰にも」という、ちょっと強調的に響く言葉がないだけで、実質、変わらないものが出た。「自身の解釈を元の幻視に持ち込んだため、元の幻視と区別することが不可能になってしまった」と。

つらつら考えるに、「この文章には少し、あるべき修飾が足りないのではないか」と思った。私が勝手に手直ししよう。
概して言えば総じて言えば、ブレンターノが自身の解釈を混ぜたのは確かだ。しかし、具体的には、『ここがブレンターノの解釈の部分だ』と言えるものではない。それは分からないのだ。判別不能なのだ」。

でも、やっぱりおかしい。具体的に「ここだ、ここがブレンターノの解釈の部分だ」と指摘できることなしに、「概して」も「総じて」もあり得ない。私たちの現実認識はどうしても「具体」を基礎にしていなければならない。

しかし、Webの中、どこをどう探しても、具体的な指摘が見つからない。エンメリックの本の中、ほんの一節でも取り上げて、「ここがブレンターノの解釈の部分です」と指摘してくれているものがあればいいのに。いや、「部分です」でなくともいい、「部分だろう」という推測でもいい。しかし、それすら見つからないのだ。奇妙な話だ。

頭を悩ませていたところ、どうやらこの「エンメリックの本にはブレンターノの解釈が混じっている」という説には一つの発信源があるらしいことに気づいた。それは、1923年に刊行された、ドイツのヴィンフリート・ヒュンプナー(Winfried Hümpfner)という神学者が著わした『エンメリック・メモにおけるクレメンス・ブレンターノの信頼性(Clemens Brentanos Glaubwürdigkeit in seinen Emmerick-Aufzeichnungen)』という本である。

de.wikipedia

ヴィンフリート・ヒュンプナー

ドイツのアウグスティヌス修道士、中世研究者、超心理学者

ヴィンフリート・ヒュンプナー(1889年8月4日 - 1962年11月3日)は、ドイツのアウグスティヌス学者、中世学者、超心理学者。〔…〕

アンナ・カタリナ・エンメリックの列福手続きにおいて、ヒュンプナーは1923年に、クレメンス・ブレンターノの記録の信憑性を学問的に調査し、ブレンターノの記述とエンメリックの幻視との間に矛盾があることを明らかにした。その結果、列福手続きは1928年に中断され、1973年になってようやく再開された。ヒュンプナーは、宗教的動機に基づく幻視と超心理学の分野で著名な研究者だった。〔…〕

著作

• Clemens Brentanos Glaubwürdigkeit in seinen Emmerick-Aufzeichnungen. Untersuchung über die Brentano-Emmerick-Frage unter erstmaliger Benutzung der Tagebücher Brentanos. St. Rita Verlag, 1923 Würzburg (Dissertation, Würzburg 1930).

その本は、今でもドイツ語では刊行されている。が、日本語訳版はもちろん、英訳版すら刊行されていないようだ。
が、Web では archive.org で読むことができるしダウンロードすることもできる。しかし、ドイツ語だし、約600ページもあるしで、私にはなかなか読むことができない。テキスト形式でダウンロードすることもできるが、まともに読み取れていないものなので、使い物にならない。archive.org 以外では、この本についてレビューしたものさえないようだ。人々の関心の外なのだ。

まあ、ともかく天使館の記事に戻ろう。今度は記事の後半である。

それは実質「完全否定」である

記事の後半で「イエズス」はヴァルトルタに二冊の本について話す。初めの一冊はシスター・メネンデスの本である。もう一冊の本はエンメリックの本である。

天使館・同記事

『手記』1949年1月28日

私の当惑に、イエズスはこう答えてくださった。イエズスは言われる。
「〔…〕もう一冊の本では、あなたは確信が持てず、満足できず、動揺し、吐き気を催すほどだった……あなたは正しい! あなたはわたしを見つけられなかった。本当のイエズスを。本当のわたしの出来事ではない。わたしの母ではない。母の本当の動悸でもない。当時の世界でもない。生きた真理の心髄に養われている者、わたしを本当に「見た」者たちは、人の手によるものの味を好みません。そして、このページ(アンナ・カタリナ・エンメリックの啓示のページ)の非常に多くの部分は、人間によって書かれたものだ。〔…〕」

イタリア語記事キャッシュ)、新サイト

天使館さんのこの翻訳は、ちょっとどうなのかと思う。翻訳として正確なのかというよりも、日本語としてどうなのか。意味が分からないほどではないとしても。

私は Google 翻訳と睨めっこしながら訳してみた。

「もう一冊の本では、あなたは確信が持てず、満足できず、動揺し、吐き気を催すほどだった……あなたは正しい! あなたはそこに私を見つけられなかった、本当のイエズスを。私の本当の経験のことも、私の母のことも、彼女の本当の動悸〔胸の内?〕のことも、当時の世界のこともである。真理の生きた精髄に養われ、私を真に『見た』者たちは、人間の拵え物の味を好まない。そして、それらのページ(アンナ・カタリナ・エンメリックの啓示のページ)は、その多くが人間によって拵えられたものなのだ。」

イタリア語原文キャッシュ)、新サイト

« … L'altro libro ti ha lasciata incerta, più ancora: insoddisfatta; più ancora: turbata, quasi nauseata... Hai ragione! Non hai trovato Me. Il Gesù vero. Non le mie vere vicende. Non mia Madre. Non i suoi veri palpiti. Non il mondo d'allora. A chi è nutrito del midollo vivo della verità, a coloro ai quali Io sono stato veramente "vista", non può piacere il gusto delle cose lavorate dagli uomini. E queste pagine sono state molto lavorate dagli uomini (le pagine delle rivelazioni di A. C. Hemmerich [Emmerich]). … »

このように、ヴァルトルタの「イエズス」は、「エンメリックの本の中には少しは本当のことも書かれているが、しかし大部分はブレンターノが拵えたものだ」的に言い、私たちにとってエンメリックの本を「安心して読めないもの」に、否、「ほとんどまったく読むべきでない」ようなものにしているのである。何故なら、彼が言うには、エンメリックの本には「本当の私のことも、私の本当の経験のことも、私の母の本当のことも、彼女の本当の胸の内のことも、当時の世界のことも」書かれていない、のであるから! あなたならそんな本を読む気になるだろうか?

そうして彼は「あなたは〔…〕吐き気を催すほどだった……あなたは正しい!」とさえ言っている。だから、彼自身、エンメリックの本には「吐き気を催す」のだろう!

しかし、私が思うに、これがそれこそ「本当のイエズス様」なら、そんな言い方はなさらないだろう。悪趣味だと思うのである。「あなたは吐き気を催した。あなたは正しい!」だなんて。ヴァルトルタの「イエズス」は、政治的「セクト」の親分だろうか。セクトの親分として、配下の者がそう思っているのを喜び、さらに煽っているのか。

また、こうある。

天使館・同記事

するとイエズスが私の前に現れられ、「読みなさい、読みなさい! でも、まずこの本から読みなさい」と言われ、シスター・ホセファの本を指差した。私はその笑顔に驚いた。いつもとは違うイエズスの微笑みに驚いた。まるで私を優しくからかっているようだ。私は従う。

イタリア語記事キャッシュ)、新サイト

ヴァルトルタに「シスター・ホセファの本」と「エンメリックの本」を読ませようとする手前での、この「イエズス」の笑顔である。ヴァルトルタが思わず驚いたほどの「いつもとは違う」微笑み。私が思うに、この「イエズス」にとって特別の機会が訪れようとしていた。まるで「優しくからかって」いるような微笑み。
否、そうではなく、私は、彼はまともに「からかって」いたのだと思う。その内心では。

そして、こう続く。

天使館・同記事

確かなことは、私はシスター・ホセファの本を自分のために持っておくということだ。でも、もう一冊は、ベルティ神父に見せたらすぐに手放すつもりだ。

イタリア語記事キャッシュ)、新サイト

私が思うに、このようにしてヴァルトルタの「イエズス」は、ヴァルトルタに「エンメリックの本」を捨てさせることに成功したのである。否、「成功」というより、彼にはこうなることが最初から分かっていた筈だ。

目を塞ぎ、手引きする 「洗脳」の手法

天使館によれば、彼女の「最初の口述筆記」は1943年4月23日のことだった。そして、今回見ているヴァルトルタの「手記」の日付は1949年1月28日である。ということは、ヴァルトルタがエンメリックの本を拒絶することになったその日までほぼ6年間が経過しており、この間ヴァルトルタは「イエズス」からたっぷりと「養成」されたということだろう。というのは、「イエズス」はある期間、「私だけが教えたい」とか言いながら、ヴァルトルタに自由な読書を禁じたりしているからである。

天使館・同記事

イエズスは言われる。

「わたしは今まで、本物の啓示の書物や、いろいろな人々が見た幻視について書かれた書物を知ることをあなたに許さなかった。今、それを許します。…

これからは、もし望むなら、わたしについて書かれたあらゆるものを読んでかまわない。…

あなたはもはや、わたしについての書物、人間の書物を楽しむことはできない。なぜなら、あなたはわたしの生涯と死の本当の真実を見たからです。」

イタリア語記事キャッシュ)、新サイト

ヴァルトルタ支持の人たちは、「今、それを許します」とか「これからは、読んでかまわない」とかいう言葉を見て、この「イエズス」の "寛容さ" を感じるかも知れない。しかし、どうだろうか。

この、「読書の禁じ」ということ、自由な読書の禁じということは、カトリック教会の中にもあったことである。ご存知「禁書目録」。それは信者の心を悪しき影響から護るためだった。しかし、教会が読むことを「許して」いる本も、もちろん、数多くあった。

しかし、ヴァルトルタの「イエズス」がヴァルトルタに付した「禁じ」は極端なものだった。さすがに「聖書も読むな」とは言わなかっただろうが、とにかく「人間」の書いたものは読むな、一切読むなと、一定期間、禁じていたようである。この、「読むな。読むな。まったく私にだけ聞け。私だけが教えたいのだ」という極端な指示は、果たして「ヴァルトルタの心を護るための保護措置」だったろうか?

もしあなたがそのようにしか考えないなら、それは「イエズス」の「保護措置」だったのだとしか考えないなら、私は、あなたは「世間知らず」なタイプの人かも知れないと思う。

何故ならば、この「相手の目を塞ぎ、手引きする」というのは、一般に「洗脳」の手法だからだ。

「父としての私、子としての私、聖霊としての私」

読書の禁止を解いた後。しかし、まだ全く解禁とはならない。

天使館・同記事

「しかしながら、使徒書簡や使徒行伝を扱った他の書物を読むことは、まだ禁じています。わたしだけであなたに教えたいのです。神であるわたし、父としてのわたし、子としてのわたし、聖霊としてのわたしだけで。

あなただけのためにも、あるいはすべての人のためにも、私だけがあなたたちの教師なのです。」

イタリア語記事キャッシュ)、新サイト

「まだ禁じています」は「依然として禁じます」とでもした方がいいのではあるまいか。日本語として。

ところで、あなたは気づいただろうか、この「イエズス」は上でこう言ったのである。「神であるわたし、父としてのわたし、子としてのわたし、聖霊としてのわたし」。

「父としてのわたし」に関しては、人は特におかしくないと思うかも知れない。主の示現を受けた若い修道女などに、主は御自分のことを「父(のような存在)」と思うことをお勧めになることがあるから。しかし、この場合は違う。この言葉の並びである。これらの言葉の並びからして、この「父」というのは聖三位一体における「聖父(おんちち)」を意味している可能性が高い。そしてまた、「聖霊としてのわたし」と言うこと自体おかしい。普通ではない。

イタリア語原文でも同様である。

Ti proibisco però ancora di leggere altri libri che trattino delle Epistole o degli Atti Apostolici. Io solo ti voglio ammaestrare. Io: Dio. Io come Padre, Io come Figlio, Io come Spirito Santo.

英訳すると「I as Father, I as Son, I as Holy Spirit」である。

ここらで、この「イエズス」が「父」というのを「聖父(おんちち)」の意味で言っていることを、あなたも確信したのではないか。天使館の人たちはこれに気づかないのか。そして、ヴァルトルタ自身、気づかなかったのか。

つまり、ここには三つの「変なもの」がある。
一つは、そんなことを言う「イエズス」。もう一つは、これを変と思わないマリア・ヴァルトルタ。そしてもう一つは、この言葉を変と思わず Web や本で公表しているヴァルトルタの支持者たちである。まったく、彼ら(後者二者)の「判断力」が疑われる。

ヴァルトルタの支持者たちはこれを「小さな事」としてスルーするのか。そして、すぐさま、その「イエズス」の他の膨大な言葉たちの方に目を移すのか。だとしたら、あなた方に「霊の識別」は無理である。どだい無理。私の考えでは、「霊の識別」というのは、一面、「刑事」の仕事のようなものである。刑事が「小さな事」を見逃していたら、事件が解決するか、犯人が捕まるか。99%の真実に1%の嘘を混ぜる悪魔が、せっかく自ら小さな「ほころび」を出してくれているのに、それが「小さい」からというので問題としないなら、悪魔はあなた方に礼状を寄こすだろう。

穿った見方をするなら、彼はわざとその「小さなほころび」を出したのかも知れない。「馬鹿な人間たちはこれに気づかないだろう」と踏んでである。そして、その通りになったというわけである。

こんな記述を見つけた。

ja.wikipedia

非三位一体論の1つであるサベリウス主義は、父、子、聖霊は本質的に同一で、三者の違いは単に用語上でのことであり、単一の存在の異なる側面または役割を説明していると教えた[44]。この神学を提唱したサベリウスは、この見解にために220年ローマで異端と宣告され、破門になっている。

異端説というものが多かれ少なかれ悪魔に息吹かれたものとするならば、ヴァルトルタの「イエズス」に関しても何をか況んやだ。

また、私がふと思い出すのは、あのマリア・ディバイン・マーシー(MDM)に関する或る評者の言葉である。彼はマリア・ディバイン・マーシーの "預言" の中に「Message from the Holy Spirit」というのがあるのを見て、「全くの新奇さである。聖書においても承認されたメッセージ〔私的啓示〕においても、御自身としてお語りになる天主は聖父か聖子かのどちらかである。これまで、聖霊自身が語るのは偽預言の徴候であると見なされてきた」と書いている。どうも、悪魔というのは聖三位一体に関して「いい加減」なようである。

気づけば、ヴァルトルタにおいても「聖霊」がしゃべっている!

1946年5月3日キャッシュ→  新サイト
1948年2月20日から21日にかけての夜キャッシュ→  新サイト
1950年1月8日キャッシュ→  新サイト
1950年1月29日キャッシュ→  新サイト
1950年2月8日キャッシュ→  新サイト
1950年3月14日キャッシュ→  新サイト
1950年3月29日キャッシュ→  新サイト

注)私は、これら全ての文面の冒頭に「Dice lo Spirito Santo(聖霊は語る)」という言葉があったのを確認している。が、新サイトの一部(*印)では、その言葉が消えている。別に他意はないのだろうが。

「聖霊は絶対にしゃべらないと言えますか?」と訊かれれば、そりゃ私だって返答に困る。しかし、聖書のことを考えてみよう。あの膨大な聖書の中で(「聖霊」は旧約の中にも出て来る)、あなたは「聖霊がしゃべった」のを一度でも読んだことがあるか?

今回の本論はここまでである。これより先は、ヴァルトルタの「手記」の "出どころ" について少々調べたものである。読んで下さらなくても構わない。

ただ、一つだけ、私たちが覚えておいていいことがある。それは、私たちが上で見てきた「イエズス」の言葉は2007年に初めて公開されたものだということである。それ以前は、人は、その「イエズス」がこんなことを言っていようとは、知りようがなかったのである。その辺りのことを下で確認している。


ヴァルトルタの広報機関

• Fondazione Erede di Maria Valtortafacebook
ヴァルトルタ宣布の大本山といった感のある非営利団体。
英語では Maria Valtorta Heritage Foundation としている。
AI はこれを「マリア・ヴァルトルタ遺産財団」と訳した。
しかし、「遺産」は「遺産相続」を思い起こさせ、ちょっと生々しいから(?)、私はこれを「マリア・ヴァルトルタ継承財団」とでも呼ぼうか。それとも、簡単に「財団」と呼ぼうか。

• Centro Editoriale Valtortiano(ヴァルトルタ出版センター)
『神人の詩』始め、ヴァルトルタのあらゆる著作を出版している。

両者の関係は深い。設立者が同じ。
設立は「出版センター」の方が早い。これは当然だろう。何かを世に広めようとする時、人はまず「出版」から始めるから。(今はネットもあるが。)

財 団

「財団」の公式サイトは自身について次のように説明している。

Fondazione Erede di Maria Valtorta

2010年に設立されたこの財団は、マリア・ヴァルトルタの物質的および道徳的遺産によって構成される文化遺産を、すべての人々の利益のために、営利目的でなく、保全、保護、管理、普及、促進することを主な目的とする非営利団体です。

財団は、マリア・ヴァルトルタの原稿の所有権、ヴィアレッジョにあるヴァルトルタ邸(修復され、博物館として一般公開されている)の所有権、そして彼女の人生と著作に関するすべての文書の所有権を取得することで、マリア・ヴァルトルタの遺産を守ります。

マリア・ヴァルトルタの列福には、すべての証言が報告され、記録され、教会によって承認される必要があります。

ヴァルトルタの「列福」を目指しているのである。

「2010年に設立」とあったが、AI は次のように説明する。

起源:2010年にエミリオ・ピサーニ(Emilio Pisani)とクラウディア・ヴェッキアレッリ(Claudia Vecchiarelli)の発案で「Fondazione Maria Valtorta Cev」として設立され、2020年に現在の名称になりました。

エミリオ・ピサーニ氏(1935–2023)は有名である。
クラウディアさん(2012年帰天)は彼の妻。

出版センター

何故エミリオ・ピサーニ氏が有名かというと、彼は「財団」の設立者であるばかりでなく、この「出版センター」の設立者でもあるからだ。既に言ったが、設立は「出版センター」の方が先である。「財団」の設立は2010年、「出版センター」の設立は1985年。この「出版センター」が設立される前はヴァルトルタの本は出版されていなかった、というわけでは勿論ない。ヴァルトルタの本の初期の刊行は、エミリオ氏の父親の出版社がやっていたということだ。参照

ヴァルトルタの「手記」には二種類ある

私たちの多くは、ヴァルトルタの著作と云えば『神人の詩』(後に『私に啓示された福音』と改題)ぐらいしか知らないと思うが、財団は出版センターを通してヴァルトルタの他の作品も多数、刊行している。その中で私の目を惹くのは、次のような彼女の「手記」である。

注)下の表で「書籍」という文字は「出版センター」にリンクさせている。「公開」という文字は現在リンク切れの www.valtortamaria.com にリンクさせたままだが、内容は「新サイト」で読むことができる。

イタリア語版

英語版

I quaderni del 1943
書籍公開新サイト

The Notebooks – 1943
書籍

I quaderni del 1944
書籍公開新サイト

The Notebooks – 1944
書籍

I quaderni del 1945-1950
書籍公開新サイト

The Notebooks – 1945-1950
書籍

Quadernetti
書籍公開新サイト

The Little Notebooks
書籍

I Quaderni についての財団の説明 → 
Quadernetti についての財団の説明 → 

つまり、私はこれまで単に「手記」と呼んできたが、ヴァルトルタの手記は実は「Quaderni」と「Quadernetti」の二種類あるというわけである。

《言葉の問題》
quaderni(クアデルニ)というのは、まず notebook を意味する男性名詞 quaderno(クアデルノ)というのがあって、それを複数形にするとこの言葉、quaderni になるらしい。だから、英語で言うと notebooks。
quadernetti(クアデルネッティ)というのは、notebook を意味する quaderno(クアデルノ)に「小さな」とか「かわいい」とかのニュアンスを出す接尾辞 -etto を付けて quadernetto(クアデルネット)となり、それをまた複数形にするとこの言葉、quadernetti になる、ということらしい。英語で言えば、the little notebooks。
間違っていたらお許しを。

で、私が注目しているのは、もちろん、エンメリックの本を非難する内容のあった「1949年1月28日(28 gennaio 1949)」の手記キャッシュであるわけだが、それは「Quadernetti(The Little Notebooks)」の方に含まれている。

で、私のこの貧しい論考において、この「Quadernetti(The Little Notebooks)」がいつ刊行されたものであるかが、のちのち、ちょっと重要になるのである。その「いつ」を「公式」のページによって確認してみよう。

Fondazione Erede di Maria Valtorta

QUADERNETTI

#マリア・ヴァルトルタによる2007年まで未発表だった著作

#SCRITTI DI MARIA VALTORTA RIMASTI INEDITI FINO AL 2007

マリア・ヴァルトルタの QUADERNETTI

I QUADERNETTI DI MARIA VALTORTA

バラバラになった紙片、あるいは束にされた紙片、メモ帳、そして新しい〔年代的に?〕ノート──2001年から2002年にかけて行われた最初の修復作業中にマリア・ヴァルトルタの家で発見された資料──が『Quadernetti』に命を吹き込んでいます。『Quadernetti』は2007年まで未発表(inediti fino al 2007)だったマリア・ヴァルトルタの著作を集めたものです。

これは、それぞれ約700ページに及ぶ三巻の『1943年の Quaderni』『1944年の Quaderni』『1945-1950年の Quaderni』を補完するものです。執筆時期は上記三巻と重なりますが、更に1954年まで続いています。巻末には日付不明の著作がいくつか収録されています。

『Quaderni』と同様、扱われているテーマの多様性から、総称として『Quadernetti』というタイトルが付けられました。それはおもにイエズスからの口述の記録であり、以下のテーマを扱っています。〔…〕

つまり、『Quadernetti(The Little Notebooks)』は、2007年という、我々に近い時代になってから公表されたものなのである。

だから、つまり、私が言いたいのは、こうである。
それより前の人々は、ヴァルトルタの「イエズス」がエンメリックの本をあのように非難( "こき下ろし" に近い)していることも、「父としての私、子としての私、聖霊としての私」と言ったことも、知らなかったのである。

今回取り上げたヴァルトルタの「1949年1月28日の手記」の全体を自分で訳してみた。次のページへ