ヴァルトルタに好意的な権威筋の証言?
私自身にとっては、今シリーズ記事の4から6までで、検証は終わったのである。本当に、つつがなく終わった。
けれど、天使館は、ヴァルトルタの著作に肯定的な評価をしたとされるいろいろな有力者たちの言葉をリストアップしている(著作をめぐる証言)。そのリストを見るとどうしても気になってしまうという人も、カトリック信者の中には多そうである。それで、少し書くことにした。
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天使館のそのページにおいて、私たちにとって特にインパクトがあるのは、やはり最初に挙げられているお二人、ピウス十二世教皇様とピオ神父様だろう。まずは教皇様から。
教皇ピウス十二世
果たして、教皇様が本当にそうおっしゃったかどうか、調べよう。
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まず、一般的な概要を Wikipedia に見よう。
Wikipedia も頭から信じていいものではないけれど、この場合は大丈夫だろう。
教皇様のお言葉(とされているもの)を「前半」と「後半」に分けて着色した。
神人の詩
The Poem of the Man-God
〔…〕
教皇謁見
The papal audience
![]() Fr. Berti |
![]() Fr. Migliorini |
![]() Fr. Cecchin |
ローマの教皇庁立マリアヌム神学院の教授、コラド・ベルティ神父(Father Corrado Berti, O.S.M.=聖母マリアのしもべ修道会 [管理人注1] )は、1947年に、この『詩』の印刷前のタイプコピーを教皇ピウス12世に送った。そして1948年2月26日、ベルティ神父、ミリオリーニ神父、そして彼らの修道院長であるアンドレア・チェキン神父が、教皇ピウス12世の私的謁見に与った [管理人注2] 。この事は翌日のオッセルバトーレ・ロマーノ紙によって報じられた [管理人注3] 。ベルティ神父は、その謁見でピウス12世が次のように述べたと報告している。
この作品はそのまま出版しなさい。その起源について、それが特別なものであるかどうかについて意見を述べる必要はありません。それは読む人が理解するでしょう [管理人注4] 。多くの幻視や啓示について耳にしています。そのすべてが本物であるとは言いませんが、中にはそう言えるものもあります。[1] [2] [管理人注5]
Publish this work as it is. There is no need to give an opinion about its origin, whether it be extraordinary or not. Who reads it will understand. One hears of many visions and revelations. I will not say they are all authentic; but there are some of which it could be said they are.[1][2]
しかし、1949年、聖務省 [管理人注6] はベルティ神父を召喚し、この作品の出版を中止するよう命じた。[管理人注7]
〔…〕
1. Laurentin, René; Debroise, François-Michel; Lavère, Jean-François (2012). Dictionnaire des Personnages de l'Evangile Selon Maria Valtorta (in French). Salvator. pp. 9–19. ISBN 978-2706709616.
2. Lindsey, David Michael (2001). The Woman and the Dragon: Apparitions of Mary. Pelican Publishing Company. pp. 324–326. ISBN 978-1565547315.
[管理人注1] O.S.M. は Servi di Maria の略号。英語ではどういうわけか Servite Order と言うらしく、日本でも「セルヴィテ会」と呼ぶことがあるようだ。が、より一般的には「聖母マリアのしもべ修道会」とか「聖母マリアのしもべ会」とかのようだ。
[管理人注2] つまり、この三人の司祭はみな「聖母マリアのしもべ会」の司祭である。ヴァルトルタ自身も同会の在俗会員だったらしい。
[管理人注3] しかし、オッセルバトーレ・ロマーノの1948年2月27日号に掲載されたのは、前日の26日に教皇様の私的謁見に与った人たちの氏名と所属のごく単純なリストだった。その中にベルティ神父ら三人も含まれていた、ということである(紙面)。
[管理人注4] 天使館は「読んだ者ならわかるでしょう」と、英語で言えば「Whoever reads it will understand」という感じで書いて(訳して)いるが、この Wikipedia は「Who reads it will understand」と書いている。ここには小さくないニュアンスの違いがあるのではないか。
[管理人注5] 天使館はこの後半の言葉を表示していない。
[管理人注6] 「the Holy Office」という言葉をGoogle翻訳が言うまま「聖務省」としておいた。現在の「教理省」に当たるもので、何代か前の先祖に「検邪聖省」がある、ということらしい。
[管理人注7] 聖務省のこの禁止命令を受けて、ヴェルティ神父は「出版を認めない? しかし、教皇様がお認めになったのです」と抗議し、しかしそれでも聖務省の態度が変わらなかったので、致し方なく教皇様のお言葉(とされるもの)を公表した、ということだろうか。
以上の中で私が一番気になるのは、天使館が教皇様の後半のお言葉を書いていないことだ。
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教皇様のお言葉は、次のように表示されているのが散見される。
イタリア語
"Pubblicate quest'opera cosi come sta, senza pronunciarvi a riguardo dell'origine straordinaria o meno di essa: chi legge, capira. Si sente parlare di tante visioni e rivelazioni. lo non dico che tutte siano vere; ma qualcuna vera ci puo essere."
英語
"Publish this work just as it is, without giving an opinion about its origin, whether it be extraordinary or not. Who reads it, will understand. [Nowadays] One hears of many visions and revelations. I do not say they are all authentic; but some of them can be authentic."
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ベルティ神父の証言書
次は、教皇様に謁見した三人の司祭たちのうちの中心的人物、コラド・ベルティ神父の証言書である。英訳版を私が(というより、ほとんどGoogleが)翻訳したものである。
彼はこれを、おおかた一人称で書かず、第三者的視点から、つまり自分のことも「ベルティ神父は…云々」というふうに書いている。
以下の証言は、ベルティ神父が書いたタイプ原稿(イタリア語、署名入り)を写真撮影したものを〔英語に〕翻訳したもので、マリア・ヴァルトルタ研究センター(CEDIVAL INC)のレオ・A・ブロデュール教授(Ph.D.)に感謝の意を表してここに掲載します。タイプ原稿の画像はこちらからダウンロードできます。
マリア・ヴァルトルタの『神人の詩』についての証言
コラド・ベルティ神父(OSM)
〔…〕
3. 教皇ピウス12世
マリア・ヴァルトルタの著作は超自然的な幻視と口述 [管理人注1] から発せられたものであることから、前述のコラド・M・ベルティ神父は、非常に経験豊富な二人の人物、すなわち礼部聖省秘書であり列聖代理も務めるアルフォンソ・カリンチ大司教、及び教皇ピウス12世の聴罪司祭でありローマ教皇庁立聖書研究所の学長兼教授であるオーギュスティン・ベア神父と協議した。二人とも、その作品のタイプコピーを国務長官の高位聖職者を通じて教皇ピウス12世に送付するよう助言した。
私〔ベルティ神父〕は、この作品のタイプコピーを運んだ当人から、ピウス12世はこれらの著作を個人的に知っていたとの確証を得た。そして1948年2月26日、教皇は特別謁見(これがあったことは当時のロッセルバトーレ・ロマーノ紙によって証明されている 1 )において、二人の同僚、すなわちアフリカの使徒座管区の元管区長〔ex-prefect apostolic in Africa〕ロムアルド・M・ミリオリーニ神父、及びローマの聖母マリアのしもべ修道会国際カレッジの院長アンドリュー・M・チェキン神父に伴われたコラド・ベルティ神父を迎えられた。そして教皇は、そのお言葉通りにここに記せば、次のように述べられた。「この作品をそのまま出版しなさい。読む者は理解するでしょう」。そしてこう付け加えられた。「幻視や啓示についての話を多く耳にしています。すべてが真実だとは言いませんが、中には真実のものもあるかも知れません」。[管理人注2]
ベルティ神父は教皇に、(出版前の『詩』から)「幻視」と「口述」という区分明記(inscriptions)を削除すべきかどうか尋ねた。教皇は何も削除する必要はないと答えられた [管理人注3] 。三人の司祭は謁見から出てくるとすぐに階段のそばに立ち止まり、教皇のお言葉を決して忘れないように、そのお言葉通りに紙片に書き記した。
〔…〕
ローマ、1978年12月8日 [管理人注4]
無原罪の御宿りの祝日
(署名)コラド・M・ベルティ神父(O.S.M.)
1. ヴァルトルタと彼女の『神人の詩』を批判する者の中には、ピウス12世とのこの会見と彼の口頭での承認はなかったと根拠なく主張する者もいる。しかし、この会見は1948年2月27日発行の『ロッセヴァトーレ・ロマーノ』(バチカン市国 48番)の1ページ目に明確に記されており、当証言書の3で挙げられている三人の修道士が教皇の私的謁見に与った者としてその名が記載されている。[管理人注5]
[管理人注1] 口述 dictations。人は「口述」と聞くと、ヴァルトルタが口述して、それを誰かが書き留めたと思うかも知れない。しかし、違う。これは、「イエズス」が口述し、それをヴァルトルタが書き留めたということである。
ただ、ついで言えば、「それをヴァルトルタが書き留めた」とは言うが、一部では、その時のヴァルトルタの「意識の状態」が疑問視されている。「ヴァルトルタは幻視で見た内容を記憶し、後に明確にすることはできたが、自動書記(automatic writing)に似た方法で記録した口述筆記の内容は覚えていなかった」そうなのである(参照)。もしこれが本当なら、危ないことである。何故なら、神は人間の「自由意志」を重んじられ、当然、人間の「意識」そのものをも尊重されるだろうから、「記憶」の機能を阻害するような仕方でその者にメッセージを書き取らせるなどということはなさらないだろうからである。もしそのようなことがあったのだとすれば、それは「霊」がその人間の意識を半ば「乗っ取る」ような形でその者の手を使って物を書いたということを意味する。これはほとんど「エクソシズムの対象」を意味するのではないか? つまり、私はここに来て、ヴァルトルタに関して或る種の「憑霊」を疑うのである。「完全な憑霊」ではない、「或る種の」である。私はそのように言葉を濁すしかない。しかし、「憑霊」に関しては教会だって大して詳しくない。「エクソシスト」と呼ばれる専門家もいるにはいるが、彼らだってその現象の全ては知るまい。そして、ヴァルトルタの生前には、「ヴァルトルタにエクソシズムを試してみよう」などと発想する人は、唯の一人もいなかったことだろう。
[管理人注2] ここの英文は次のようになっている。
"Publish this work just as it is; he who reads will understand."
"One hears talk of so many visions and revelations. I do not say that all are true; but some of them could be true."
このように英訳したのはヴァルトルタの擁護者である。
イタリア語原本では次のようになっている。
"Pubblicate quest'opera cosi come sta; chi legge capirá."
"Si sente parlare di tante visioni e rivelazioni. Io non dico che tutte siano vere; ma qualcuna vera ci può essere."
これをGoogle翻訳で英訳すれば、
"Publish this work as it is; whoever reads it will understand."
"We hear about many visions and revelations. I'm not saying they're all true; but some of them may be true."
[管理人注3] 思うに、この区分明記を教皇様がお許しになったということは、ヴァルトルタの擁護者たちにとって大きい。何故ならその時、教皇様はヴァルトルタの本を「超自然的起源を持つもの」として打ち出すことに同意なさった、ということを意味するからである。
[管理人注4] 私はこの日付を見て、ちょっと怪訝に思った。「ベルティ神父はずいぶん時が経ってから証言書を出したのだなぁ」と。聖務省から最初の出版禁止令を出され、すったもんだが始まったのが1949年である。そこから29年経ってから「証言書」を出すとは、どうしたことか。──もっとも、1953年頃から「話して」はいたそうである(書面ではなく)。
[管理人注5] しかし、この英訳者さんの注はちょっとよくない。既に書いたが、オッセルバトーレ・ロマーノ1948年2月27日号に掲載されたのは、前日の26日に教皇様の私的謁見に与った人たちの氏名と所属のごく単純なリストだった。その中にベルティ神父ら三人も含まれていた。しかし、彼らが何の目的で謁見に与ったのかも、『神人の詩』の出版に関し教皇様から口頭の承認を得たなどということも、書かれていないのである(紙面)。しかし、この英訳者さんの注は、そのような内容も紙面に含まれていたかのような錯覚を読者に与える。
*
批判的な記事
サンドラ・ミゼールという人は次のように状況を推察している。
1947年4月以降のある時期、ヴァルトルタの手稿の完全な写しを製本したものが教皇の聴罪司祭を通じてピウス12世に送られた。教皇は1948年2月26日、ミリオリーニ神父と他の二人の聖母マリアのしもべ会の会員を特別謁見に迎えた。教皇が『詩』について丁重に述べた言葉の中に「この作品をそのまま出版しなさい」という一節があったと伝えられており、聖母マリアのしもべ会の会員たちは後にこれを「教皇の至高の認可」と解釈した。この口頭による認可とされるものが、『詩』の出版者たちがこれまで受けた、あるいは受けたと見なしたがっている唯一の認可である。
教皇は、理論上は、そのような「出版許可」を与えることができるだろうし、口頭で行なうことさえできるだろうが、現代においてそのような実例は確認されていない。ピウス12世のような几帳面な人であれば、自分の意図を完全に明確に示した筈であり、後になって自分の言葉を利害関係者たちに解釈させるようなことは決してしなかった筈である。
ピウス12世が実際に『詩』をどれだけ読んだのかも不明である。戦後の教会を率いるという重責と、鉄のカーテンが轟く中で直面しなければならなかった数々の危機を考えると、教皇が何千ページにも及ぶ原稿を読み、評価するのに、どれほどの時間を費やせただろうか。
教皇様の「しおり」
オーストラリアにヴァルトルタを防衛するにおいてなかなか強烈なグループがあるが、それは次のように書いている。
Maria Valtorta Readers' Group (PDF)
1947年、ある高位聖職者がピウス12世教皇に『神人の詩』のタイプ打ちされた12巻の写本を直接手渡した。その後の数ヶ月間、教皇の机の上に郵便物を直接届けることを担っていた司祭は、教皇の机の上にあるヴァルトルタの本に挟まれたしおりが日ごとに進んでいくのを目にしていた。15 教皇は、これらの巻を確認した後、この件を担当していた三人の聖母マリアのしもべ会の司祭たち、すなわちコラド・M・ベルティ神父(1939年以降ローマの教皇庁立マリアヌム神学部で教義神学と秘跡神学の教授を務め、1950年から1959年まで同学部の秘書を務めた)、ロムアルド・M・ミリオリーニ神父(アフリカ使徒座長官)、そしてアンドリュー・M・チェキン(ローマの聖母マリアのしもべ会国際学院院長)らに特別謁見を与えた。その謁見で、ローマ司教でありキリストの代理者であるピウス12世教皇は、彼らにそれを出版するように命じ [管理人注1] 、「そのまま出版しなさい。それが超自然的な起源であるかどうかについての意見を述べる必要はない。それを読んだ者は理解するだろう」と述べた。16 ベルティ神父は証言している。「出版する前に『幻視』と『口述』という区分明記を『詩』から削除すべきかどうか教皇に尋ねたところ、何も削除すべきではないと答えられた。」17 ベルティ神父、ミリオリーニ神父、チェキン神父は直後に教皇の言葉を記録した。〔…〕
15. Fireworks: Sunrise of Truth Encyclopedia, Vol. 1. The Maria Valtorta Research Center. Kolbe's
Publications: Sherbrooke, Canada. 1996. p. 18. ISBN: 2920285009. This book is also available
online here:
https://web.archive.org/web/20130106000533/http://valtorta.org/FIREWORKS.htm〔…〕
16. The Sources of the Testimony of Pope Pius XII's Words: The Official Signed Testimony of Fr. Corrado M. Berti, O.S.M., Two Other Official Testimonies of Fr. Berti, Bishop Roman Danylak's Letter, an Official Publication of Dr. Emilio Pisani, and a Well-Documented Website. All of these sources are given below: …
17. A Testimony on Maria Valtorta's Poem of the Man-God. Op. cit.
〔…〕
日に45〜60分という時間を現代の読者に理解してもらうために言えば、ある調査は、平均的なアメリカ人は日に5時間以上 (300分/日) テレビを見ていると書いている。41 また、ピウス12世は毎晩それほど多くの睡眠を必要としない人々のうちの一人であり、ほとんど毎晩5時間以下しか寝ていなかったという話も聞いたことがある。これが本当であれば、教皇がこれらの月に平均して45〜60分を個人的な霊的読書(ヴァルトルタの著作など)に費やす時間をどのように見つけたかについて、さらなる説明となるだろう。私はまた、ヴァルトルタ出版センターに連絡を取った際、教皇ピウス12世の机に直接郵便物を配達する責任者であった司祭が教皇の机の上にあるヴァルトルタの本に挟まれたしおりが日ごとに進んでいくのを見ていた、ということを知っていると聞かされた。
[管理人注1] 命じ commanded。教皇様がその権威から、いかにも断固たる「命令」をしたかのように言いたがるのが、ヴァルトルタの擁護家たちである。しかし、そもそも教皇が「私的啓示」の本の出版を「命ずる」などということがあり得るだろうか。基本的に「公的啓示」で十分とし、「私的啓示」にそこまで夢中にならないのが「教会」であり「教皇」ではないのか。私は、ここはせいぜい「好意的に許した」「励ました」「同意した」という程度に収めるのが適切ではないかと思う。「命じた」はないだろう。
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フランス語版 Wikipedia がちょっと気になることを書いている。
出 版
Publication
ロムアルド・ミリオリーニはマリア・ヴァルトルタの著作が神の啓示によるものだと強く確信していたが、彼の同僚のセルヴィテ会士たちはそれほど確信していなかった。彼らは慎重で、敵対的でさえあり、ミリオリーニの軽信を非難することさえあった。[8] [9] マリア・ヴァルトルタを支持したことで信用を失った彼は、1945年末に上司によってローマに転任させられた。そこで彼は若い同僚の修道士、コラド・ベルティと出会い、彼を自分の主張に引き入れた。[9] 教会の承認を求めて、彼らは1947年1月にマリア・ヴァルトルタの著作を教皇ピウス12世に提出する計画を立て、国務省の記録保管係を通じて提出した。[10]
こうして、1948年2月26日、ピウス12世は、ローマ修道院のミリオリーニ神父とコラド・ベルティ神父、そして彼らの修道院長であるアンドレア・M・チェキンらとの面会に臨んだ。「この会合については、我々はただ、ミリオリーニ神父が亡くなった後にベルティ神父が表明したことしか分かっていない [管理人注1] 。それによれば、教皇は『この作品をそのまま出版しなさい。その起源が特別なものかどうかについて意見を述べる必要はない。読めば分かるだろう』と述べたことになっている」[管理人注2] 。ヨアヒム・ブフレ(Joachim Bouflet)は、「長年にわたりマリア・ヴァルトルタへの傾倒をますます強めていったベルティ神父の発言は、極めて慎重に受け止めなければならない。特に教皇との会合に関してである。というのは、チェキン神父は率直に、ピウス12世は慣例的な出版許可のために司教を探すようにと彼らに求めた、と言っているからである」と指摘している。[10] [管理人注3]
〔…〕
8. François Marxer, « Valtorta, Maria », dans Audrey Fella (dir.), Les femmes mystiques : Histoire et dictionnaire, Paris, Robert Laffont, 2013 , p. 942-943.
9. Joachim Bouflet, Impostures mystiques, Éditions du Cerf, 2023, 392 p., « Fraudes mystiques récentes – Maria Valtorta (1897-1961) », p. 126.
10. Joachim Bouflet, Impostures mystiques, Éditions du Cerf, 2023, 392 p., « Fraudes mystiques récentes – Maria Valtorta (1897-1961) », p. 128.
[管理人注1] 彼らが聖務省から出版中止を言い渡されたのは1949年。ミリオリーニ神父が亡くなったのは1953年(参照、参照)。
ヴェルティ神父は何故、ミリオリーニ神父が亡くなってから「教皇様のお言葉」を公表したのか? 故意にそうしたのか? 故意でなくても兎に角、もしベルティ神父が何か不正確なことを言った時、「ベルティ神父、それはちょっと違うのではないかな。私の記憶では、確か・・・」と訂正してくれる人が、一人減ったわけである。
[管理人注2] この言葉はこの直後に名前が出るヨアヒム・ブフレという人の言葉なのだろう。
[管理人注3] もしこれが本当なら、決して小さな事ではない。
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気づけば、ヴァルトルタ擁護者の中にも、上のチェキン神父の言葉を伝えているものがある。
「この作品をそのまま出版しなさい。その起源について、それが並外れたものかどうかについて意見を述べる必要はありません。それを読んだ人は理解するでしょう」。翌日、オッセルヴァトーレ・ロマーノ紙には、教皇の私的謁見に与ったセルヴィテ会の三人の司祭の名が掲載された。〔…〕シカゴ地域を拠点とした有名な癒しの司祭であるピーター・メアリー・ルーキー神父(Fr. Peter Mary Rookey)は、1990年代にチェッキンの神父と話したことがあったが、チェッキンの神父はその時、教皇は確かにその著作の出版を命じたものの、同時に出版許可を与えてくれる司教を探すようにと助言したことを回想して話した。
このサイトは、この箇所の後に、天使館の「著作をめぐる証言」と同じように、ヴァルトルタを高評価する権威者・有力者たちの言葉を並べている。けれど、冒頭に上の言葉を置いたのは立派だ。
私としての結論
一言でいえば、これは「不確か」である。全体が。
「不確か」であるゆえ、今に至るまで喧々諤々の議論がある。
「不確か」であるゆえ、調べようと思えばまだまだ調べられる。
が、私はここで一旦、私としての結論を置く。
以上見てきたものを踏まえ、私なりにまとめると、教皇様は次のような感じでおっしゃったのではないかという気がする。
- この作品をそのまま出版なさい。その起源について、それが特別なものであるかどうかについて意見を述べる必要はありません。それは読む人が理解するでしょう。多くの幻視や啓示について耳にしています。そのすべてが本物であるとは言いませんが、中にはそう言えるものもあります。
- 「幻視」と「口述」という区分明記を削除すべきかと? いいえ、削除する必要はないでしょう、それはそのままでいいでしょう。
- 出版許可? それは、慣例に倣って、それを出してくれる司教様を探してください。
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そして、なんにせよ、教皇様がヴァルトルタの作品について発せられた(とされる)好意的なお言葉というのは、これしかないのである。彼は追加的に述べられなかった。何も。
何故か? 私は、教皇様は確かに初めはヴァルトルタの作品に好感を持たれたが、のちに考えを改められた、という可能性だってあるのではないかという気がする。ヴァルトルタの擁護者たちは「教皇様にそのような "心変わり" があったとしたら、それはヴァチカン内の悪しき者ら(近代主義者?)に "そそのかされた" からだ」とか言うのかも知れないが、否、そもそも、私が読む限り、聖務省がヴァルトルタの作品について発表してきた声明は間違っていない(「超自然」に関する言い方に不足があったとしても)。だから、聖務省の見解を聞いた教皇様がご自分の考えを改められたとしても、それは善いことである。教皇様だって万能ではない。
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ここから先も、私はまだぐちゃぐちゃ書いている。
読んで下さらなくても構わない。
ただ、これを言っておきたい。
ピウス十二世教皇様はヴァルトルタの例の「手記」を読んでおられなかった。それは2007年まで未発表だったから。彼はその中の、「エンメリックの本」を悪趣味な言い方でこきおろしたあの言葉も、そしてあの妙な「三位一体宣言」も、読んでおられなかったのである。もし読んでおられたなら、彼は何か思った筈である。
私は、教皇様は確かにヴァルトルタの作品を読んだのだろう、全部かどうかは別として、かなりの量を読んだのだろう、と思う。そして、出版を認める程度には、ヴァルトルタの作品に「好意的」であられた、その可能性が高い、と思う。
しかし、と同時に、それは天使館が発しているような印象のものとはちょっと違ったものだったろう、と思う。
天使館は教皇様のお言葉として、次のように書いた。
この作品をそのまま出版しなさい。作品の起源について意見する必要はありません。それが超自然のものであるかどうか、読んだ者ならわかるでしょう。
この「読んだ者ならわかるでしょう」だが、英語訳でも「Whoever reads it will understand」となっていることが多い。これは「読みさえすれば誰もが」というニュアンスである。確かに、ベルティ神父の証言書の中のイタリア語を素直に訳せば、おそらくそうなるのだろう、間違っていないのだろう。
英語版の Wikipedia ばかりでなくヴァルトルタ擁護の人ですら「Whoever」ではなく「Who」と訳していることがあるけれども。
しかし、まあ、ここはあまり大きな事ではないかも知れない。
それよりも大事なのは、教皇様のお言葉(とされているもの)の全体をもう一度見直してみることかも知れない。
この作品はそのまま出版しなさい。その起源について、それが特別なものであるかどうかについて意見を述べる必要はありません。Whoever reads it will understand. / Who reads it will understand. 多くの幻視や啓示について耳にしています。そのすべてが本物であるとは言いませんが、中にはそう言えるものもあります。
この全体から、私が思うこと。
教皇様のお言葉の後半、私が青文字にした部分から、教皇様の「私的啓示一般」に対する御態度が見て取れる。それは、「本物と思われるものもあるが、そうでないものもある」という見方である。
教皇様はそのように付言されたのである。
このことは、次のようなことを示唆している、と私は思う。
教皇様はヴァルトルタの作品に「好感」を持っておられた。「これは出版されてもいいのではないか」と思う程度に「好感」を持っておられた。しかしそれでも、まだ若干であれ、ヴァルトルタの作品を「私的啓示一般」に対する見方──「本物と思われるものもあるが、そうでないものもある」という見方──の中に置いておく態度も残しておられた。
「その中の幾つかは本物であるかも知れません(could be true, may be true)」という視野の中に、ヴァルトルタの作品をも、まだ若干、置いていたのである。
そのような態度を「慎重さ」と見ることができる。しかし、思うに、このような「慎重さ」は、取り立てて「慎重さ」と呼んでみるまでもなく、「教皇」としてはごく「当り前」のことだろう。
だから、教皇様のそのお言葉は、天使館がしたような「それが超自然のものであるかどうか、読んだ者ならわかるでしょう(Whoever reads it will understand)」というようにでなく、「それは読む人が理解するでしょう(Who reads it will understand)」という程度に収めておいた方が自然である。
更に言えば、私は実は、教皇様はもしかすると「それが超自然的な起源を持つかどうかは、読んだ人それぞれが判断するでしょう」というニュアンスでおっしゃったのではないか、という気さえするのである。
以上が私の受け取り方である。
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そして、蛇足するならば、私はここに来て、そもそもの「証言書」の中のヴェルティ神父の言葉を、少し疑う感じになっている。
教皇様が「Who reads it will understand」という感じに言ったのを、ベルティ神父が自分の目的に寄せて「Whoever reads it will understand」とした、ということもあり得るのではないかと。
人間においてはそのようなことがちょくちょく起こるのではないか。「全くの嘘」を言うのではないが、いわゆる「ニュアンス」というものを自分好みの方にちょっと寄せて言う、ということが。
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「ピウス12世は慣例的な出版許可のために司教を探すようにと彼らに求めた」というチェキン神父の回想も大きい。もしこれが本当なら・・・というか、これは本当だろう。カトリックは「慣例」を重んじるから。
私は「出版許可」について詳しくないが、もしその当時(いつの時代でも?)「出版許可」というのが各管轄区の長が出すのが基本的な「慣例」だったとしたら、教皇様がそれを省略して御自分が直接「出版許可」を出すようなことはなさらなかっただろう。必ずや各管轄区の長の権限を重んじて、「ちょっと待ってください。私は今、確かにその出版をあなた方に励ましましたが、正式な出版許可はあなた方の司教様あるいは管区長様に頼んでください」ということになっただろう。それがまったく普通のことではないか。


